ハッピー吉田鍼灸指圧治療院から

社会と病気の関係について全てを解き明かしていきます。

命の授業

命の授業

まず、ここに記載することは何らかの批判ではありません。

私の考え方を示しています。

命について伝えようという思いは同じであり、それは大切なことです。

なので、私の考えが正しいことではありません。いつも私が言ううように自らで考えてください。

命の授業

以前、映画かドキュメンタリーで命の大切さを子供たちに伝えるということで、自分たちが育てた豚さんや鶏さんを自分達で育てて、それを自ら食べることにより、命の大切さを伝えようというものを観ました。

命の大切さを子供たちに伝えようという趣旨です。

現代は、スーパーにお肉はパック詰めて売られており、それを私たちは食しています。命の大切さを毎日考えて食べているという状況になかなか気づくことができないかもしれません。

実際はそれを処理して食べているわけですが、処理をする過程を私たちは目にすることがありません。

それで、命の大切さ、それを私たちは食して命を繋いでいるんだということを実際に体験してみるということです。

全くその通りであり、それは大切なことだと思います。

同じ思いは理解できます。

でもそういう映画かドキュメンタリーを観た時に、私はなんとも言えない気持ちになりました。なぜなら子供たち自ら名前までつけて可愛がり育てた豚さんや鶏さんを自らの手で処理して食べることを体験させる。

涙を流しながらそれを行っている子供たちを見て、うーん、確かに命の授業でしょう。

私の子供の頃は、自分の家や近所の人も鶏を飼っているのは普通でした。

卵を取ったり、潰して食べるためです。

どこの家庭でも、家で潰していたのです。その処理する過程についてはここで記載しませんが、子供心に恐ろしくショッキングな経験でした。

この経験は人によって違うと思いますが、学校行くとトラウマになる子もいて鶏肉が食べられない子供もいました。

それを現代の子供たちに教えようと言うのが、今の命の授業として行われています。

それは大切なことです。

私は若いころに食肉工場でアルバイトをしたことがあります。牛や豚を〇殺する過程もそこで聞きました。具体的には書きません。

なかなかハードな仕事です。

何故そうなっているのかというと、現代の食肉を食べる状況がそうなっているからです。つまり資本主義社会における大量消費によるものです。

私が命の授業に違和感を覚えるのはそこです。

私は肉食を否定していません。だからどうやって命を頂いているのかについて学ぶのは本当に大切です。

自分達で育てた動物を自ら処理して食べるという命の授業も、現代ではそうなっているので確かに、そういう授業となりそれはそうだと思います。

私の提案ですが、もし本当に命の大切さを子供たちに教えるのならば、できれば自然界の仕組みから説明して、人間もその一部であり、野生の動物を狩猟採集して命を頂いた。現代でもそういう生活を行っている人々(先住民)も存在します。そこを教えるとトラウマができないのではないかと思います。

自然界は循環しています。植物を草食動物が食べて、草食動物は排泄して消化できない種などを大地にばらまきます。それで植物は広い範囲に生息域を広げ繫栄していきます。その草食動物を肉食動物が食べます。

肉食動物は草食動物を食べることにより、間接的に植物を食べたことになります。草食動物の腸の中には未消化の植物があります。

肉食動物はその腸の植物を食べるのです。肉食動物も排泄する時に、植物種をばら撒きます。同じです。植物はそれで生き残ることが出来ます。やがて肉食動物は寿命または闘い敗れて死を迎えます。

死んだ肉食動物は微生物により分解されて、土に戻ります。その土は植物を育てます。

だから、植物は肉食動物をエネルギーにして生きているとも言えるのです。

これは微生物から植物→草食動物→肉食動物→微生物→植物という循環であり、形が変化しているだけで実際はエネルギーの循環です。

ここに生命の命を絶つという仕組みはありません。当たりまえですが、そこに罪悪感や恐怖は存在しません。

あるのは、エネルギーの流れです。

だから、命の授業を行うのであれば、狩猟採集を教えた方が良いのです。動物は狩猟採集で生きています。人間もそうでした。

これを具体的に子供たちの教育として教えるのならば、大量消費の為に家畜化された動物を処理するという命の授業ではなくて、

猟師さんを講師に迎えて、自然の仕組みとともに狩猟採集の方法と、さらに実際に狩猟してとったイノシシやシカを目の前で処理して食べるというのが、本当の命の授業となると思います。

それであれば、命の大切さを子供たちは本当に感じてトラウマにもならずに体験することが出来るのではないでしょうか。

しかし、それは現実とは違うかもしれません。現実は家畜として育てられた動物を〇殺して食べているので、現実にそって授業を行うのであれば、自分で育てて処理して食べるというのも大切な授業になるかもしれません。

皆さんで考えてみてください。